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22章 幼い王と人形のオモチャ




今日の朝ご飯はすごかったな。光奈と食堂で豪華なものいっぱい食べて。
兵士の人とかが遠慮がちに光奈と私達を見てたのに靖はがつがつ食べてたし。
同じ場所で食べてたのに兵士さんとかとは出されたものが違ってたみたいだったし。
うーん、一応はこの国の統治者なのに食堂で食べてるって……王様っぽくないよ。正確には女王だけど。
ラミさんも食堂にいたけど、何も言わなかったあたりはもう常習なのかな。
「靖、朝からあれだけ食べてたけど大丈夫? 苦しくない?」
「何言ってんだよ。朝によく食べとかないと持たないだろ」
そういうものかなぁ。まあ、確かに朝を抜いたら元気がでないけど。
「でもお、昼も食べるんでしょ?」
「当たり前だ。一日三食、早寝早起き!」
「それはそうだけど、あの量はさー」
「パン一枚で済む程繊細じゃないのよ、靖は」
美紀が髪の毛跳ねてるわよ、と付け加えるあたりがなんともまあ靖らしい。
「……あ、そっか。うん、確かにそうだね」
「わりぃかよ。成長期なんだから仕方ないだろ」
靖が髪をなでつけながら不満げにもらす。あ、少しふて腐れてる。
城の廊下を歩きながらラミさんは何も言わずに笑いを堪えた。え、今の会話面白いかな?





ラミさんが連れてきてくれた部屋にはもう鈴実とレリがいた。光奈とキュラも。
「ルフェインの国境最北端への魔方陣は……うん、合ってる」
光奈は本と魔方陣を見て言ってる。邪魔、しないほうが良いかな?
「明夜様、準備は整いました。これより開始します」
明夜さん? そんな人どこに……部屋には私たちと光奈以外にいないよ?
あ、光奈のことか。明夜=光奈なんだよね。でもなんで明夜って呼ばれてるのかな。
そこがよくわからないんだよね。どうして本名を隠してるんだろう?
「え? あ、うん……そうだ、忘れるとこだったわ。はい、これ」
「何なのそれ。サングラス?」
光奈から渡されたものは革製の黒いケース。ケースってことは、中身があるわけで。
開けてみると硝子性の黒い丸眼鏡とご対面した。いわゆるサングラスだね、これは。
でも、なんだか悪徳商人の印みたい。丸いからかな? 何故だかそんな感じ。
これをどうしろっていうの? そういえば、さっきはキュラに小さな鍵を渡してたけど。
「詳しい事はキュラに聞いて。あ、キュラ! あれの合言葉は牛乳だからね!」
「うん、わかった。移動した後に確認しておくよ」
牛乳……? わけわからない。まあいいや。キュラが知ってるみたいだから後で聞こっと。
だから今はこのサングラスをしまっておこう。魔法陣で移動する最中に無くしたらいけないし。
「これから皆を国境ギリギリまでとばします。国境からエジストまではそう遠くないから今日のお昼には着くと思うわ」
「国境を越えたらすぐにエジストに入るってことね?」
鈴実が聞き返したところで、足下から魔法陣が輝き出した。それを見た光奈が目でそうだと伝える。
「それと、カースさんは五時半にエジスト裏通りに来るから。五時半に裏通りだからね!」
光奈が早口にまくし立てていく中で、光が渦を巻き始める。あれ? 今がこんな状態だとやばくない?
「キリさんは長身の青の服を着てる」

『ヒュ―ン』

あーーーーーっ! まだ光奈が説明中なのに移動しちゃったよ!
無情にも、光の回転が止まったときに映ったのは草と土と空。お城どころか民家も遠い背後の場所。
ブロックも敷き詰められていない原野の風景に、私たち六人以外の人影はなし。
「まだ話の最中だったのに……」
「来ちゃったものはしょうがないよ。僕は中身を確認しておくから」
「あっさりしてるなあ、キュラは」
「よくあることだからね」
「それはそれで問題あるわよ」
「そうかな?」
「うん。情報って侮れないんだよ? 持つべきものは持っておかないと」
土地勘があるからって地図も事前情報もなしに知らない場所に行くと苦労するもん。
話も最後まで聞かなきゃわからないこともあるし。童話にどんでん返しは付き物だしね。
「あ! 靖、武器持ってきた!?」
「あっ……忘れた。美紀もなのか?」
「ドジ二人だね」
うわ。レリさらっと今きつい一言を。これはフォローしないと美紀が……あ、美紀はどうともないかな。靖は傷つくけど。
「良いんじゃないの? いざとなれば魔法があるし」
私は雷光一閃が戦闘の時になるといつの間にか手にあったんだよね。それに魔法があるからいいと思うけど。
でも、美紀は地団駄を踏んで悔しがった。靖は美紀ほどじゃないにせよ、頭に手をついてへこんだ。
「くぅー! ……完っ璧に武器の存在を忘れたわ。持ってきておくべきだったのに」
「俺もだ。ん? キュラ。何してるんだ……って、わあぁぁぁっ! おまっ、どこに入って」
靖の叫んだ方角を見ると、キュラは上半身がなかった。宙に浮いた扉を境にして。
え、どうして自然以外に何もない場所にそんなものが?
私はさっきの靖の絶叫のおかげか、割と冷静にその光景を眺めることができた。
だから、すぐにキュラの上半身が戻ってきたことにも気づいた。
「何って、中身の確認だよ。これは光奈の作った圧縮空間。ところで、この弓と剣って二人の?」
キュラが弓と剣を差し出した。緋色の長弓と、刃の狭い片手半剣。
それを見て美紀と靖の目の色が変わった。だって、まさしくそれは二人のものだったから。
「そう、これよ! 良かった……ありがとう、キュラ」
「助かったぜ。せっかく持てるのに持たないのは、損だからな」
美紀は弓を、靖は剣を両手で抱えてそれぞれ自分の武器に頬を寄せた。なんか、もうお前を離さないってくらいに。
そんなに武器に対して愛着を持ち始めてる二人を尻目にレリはキュラが消えた扉をちょんちょんとつついていた。
その指が触れているのは、鍵穴。レリのもう片方の手には朱色の鍵。あ、光奈がキュラにあのとき渡してた鍵だ。
「ねえ、他にどんなのがあるの?」
「えーと、食料とお金があったよ。……確認も済ませたことだし、行こうか」
あ。光奈に渡されたものといえば、サングラス。そういえば、スカートのポケットに入れたけどちゃんとある?
上から布地を触ってみると、固いものに触れた。良かった。なくしてないね。
結局話の途中で飛ばされたからわからなかったけど、何で渡されたんだろう? 
しかも私に。キュラがよく知ってるならそのキュラに渡せば良いと思うんだけどなー。
そう思いながらも、五時半にはという時間の制約があったからそれについて話す間もなく歩き続けた。



「はぁ……困ったなあ」
急いで歩いたから、光奈の言ってたとおりにお昼にはエジストに着いた。
それはいいとして。砂漠を超えるためのものを靖と美紀の三人で買いに来たんだけど、うん。
鈴実達三人は図書館で調べもの。キュラが調べたいことがあるからって。
あー、それよりも。どうして光奈、砂漠越えのものとか入れてくれなかったのかな。
そういうものまで用意されていれば今頃こんなことにはならなかったのに。
「さすがに、鍋がないとどうしようもないよね……」
究極的には、日差し除けのマントも日焼け止めクリームもいらないよね。
日焼け止めクリームなら、いつも美紀が携帯してるし。いざというときは美紀に借りればいいとして。
何かと準備のいい美紀でもさすがに料理用のお鍋とか包丁とかまな板とか、調理道具は携帯してない。
光奈は巨額のお金と大量の食料を用意してくれてたみたいだけど、ホントにそれだけ。
食料っていってもレトルト食品とか出来合いのものは入ってないよ。ほとんど生の食材。肉は薫製、魚は一切なし。
キュラ曰く、光奈って自分で料理を作る必要がないから。以下、あはは笑いが続いた。

確かに私たちくらいの年齢だったら自分では作らないけど。それでも、ねえ?
もうちょっとわかると思うなあ。
きっとお母さんが料理作ってる姿も見たことないんだろうなあ。だって女王様だもん。
いやうん、わかってるよ? そんなの今さら言っても遅いよね。
だってもう、迷子になった後なんだから。しかも私一人。
「ううん、でも私は悪くないもん。あれは不可抗力だよ……」
買物中に謎の集団が走ってきて、そのとき店の外にいた私は人波に押し流されて店の中にいた二人と離れ離れ。
うーん……ホントにどうしよう。困ったし弱ったし解決策が思い浮かばない。
直前にいたお店の名前がわからないからなあ。美紀たちがどこにいますかなんて聞いても答えてはもらえないよね。
お店はずっと動かないけど、人は動くもん。私みたいにその気はないのに流されちゃう人だっている。
裏通りまで行けば、と考えてもみたけど。そもそも現在地が把握できてないんじゃどうにもならないよ。
キュラに聞いた話だとミフィンガを抜けてヤラトに入ってカークを三度曲がるとそこが裏通りだとか。
そもそも、ミフィンガって何? ヤラトって? どうして同じ場所を何度も曲がるの、とか謎はあったけど。
それ以上のことは聞く余裕がなかったから、合流したときに聞こうと思ってたのに。
ここはマージュと違って行き交う人の顔つきも悪いし。どこか怯えた顔してる人もいる。
なかなか、声をかけられそうな人がいない。でも、聞かないとわからないんだよね。
立ち止まってたら何も始まらない。だからどんなときもキリキリ歩けって教え込まれてきたけど。
それでも私は立ち止まって、盛大なため息を吐いた。お母さーん、今はそんなのわかってても足が動かないよ。
見上げた空は清々しい突き抜けるようなライトブルー。普段なら元気づけられる空色も、今日ばかりは慰めにならない。
天気がこうも良いと、天に見放された気分。
あー、鳥は良いよね。上空から探せるから。あの二羽の小鳥が羨ましい。

「おい、おまえ邪魔だ! そこどけよ」
あれ? いつの間に。ぼーっとしすぎちゃったかな。つらつらと考え事してた。
反省しながら振り向くと、私より背の低い男の子がいた。さっきのって、この子? 口が悪いなあ。
「ああ、ごめんね」
まあ、確かにずっと立ち止まってた私もいけないよね。ここは人通りが多いし。
この子も感じが悪いから、さっさと去ろう。それがいいよね、面倒ごとは避けるのが一番。
そう思いつつも、私の足は動いてない。うん……なんでだろうね?
「んだよ、馴れ馴れしいぞボケ! どけって言ったら道をあけろ! とろい奴だな!」
うん、面倒ごとは、避けるのがいいんだけど。むかっと来たの。
なるべく避けろってお母さんだけじゃなく、お父さんにも言われてるんだけどね?
うん。わかってるよ。でも、むかっと来たから。
初対面の奴に言われたくないよ、そんなことは。素直には従いたくないと思えて。
「だいたいなんだその態度! 人を無視しやがって……おい聞いてるのかデクの坊!」
あー、ねえ私。わかってる? 怒ったら駄目だよ相手は子供なんだから。
年下相手に怒鳴ったら情けないんだよー?
それに、今の私には相手にするだけの時間も勿体無いんだからね。時間なんてナイナイ。
こうしてる間にも時間は過ぎてくしことだしね。イライラするのも惜しい、うん。しちゃってるけど。
「……俺は、この国の王だぞ! お前なんて簡単に牢に入れてやれるんだからね!」
ハッ、冗談言わないでよね。こんなのにひっかかる程、抜けてないよ私も。
「嘘つかないの。嘘つきは泥棒の始まりだよ」
人間、嘘をつくことにまで抵抗感を抱かなくなったら後は転落まっ逆さまなんだから。
お母さんはそんな人間を何人も見てきたから、絶対に嘘はつかない。私にも嘘はつくなと言ってきた。
それを平気で破る人は、敵だから信用しちゃいけない。まだお子様だから、親のしつけがなってないだけとも言えるけど。
こんなに小さいのに平然とでまかせ言うようなのは、しつこそう。だからこれ以上言い合っても意味がないよねー。
で? さっきから私を囲んでるのは何ですか。どこの黒服さん? もしかしてこの子供の保護者?

「陛下、どのようになさったのですか」
「なんだもう来たのか。……まあいい」
いい年こいた大人がその態度? 子供相手に大の男が恭しく頭下げてさー。……バカバカしい。
っていうか、こいつらはさっきの謎の集団だし。あのびっちり詰め襟の黒服と銀の勲章には見覚えあるもん。
「こいつを捕まえろ。不敬罪だ」
なんで私がそんな事されなきゃいけないの! それにあの態度。
さっきまでのだだけでも腹が立つのに。その上……私を捕まえる?
「ふざけるじゃないよ、このチビガキ!」
「小娘! この御方が誰だかわかっておるのかっ! 無礼者めが!」
「中年は黙っときなさい! 無礼なのはこいつなんだから!」
呆れた。もう、完全にオバカさんとしか言いようがない。よくある悪役の台詞そのものを吐いたね。
ちなみにそんな台詞は私が幼稚園を卒業した日以来だよ。
口にした人はお母さんに足蹴にされて警察へ突き出されましたー。
こいつらに一発ぶち込んでやろうじゃないの! 警察はいなさそうだけど、まあなんとかなるよね。
「こっ、このわしを中年とな? 小娘めが、わしはカバル=ルイーツその人だぞ! 許さん!」
「許さないのはこっちだよ! こーの中年酒っ腹!」
大人なげないこの中年の出っ腹、自称王様の子供より駄目。なってない。
こういうのが子供を駄目にするんだろうなあ、きっと。甘やかされて育つと良いことないもん。
「さ、酒っ腹だと……もう許さん! 牢屋でと思っていたが、この場で八裂きにしてくれるわ!」
中年が背負っていた大斧を振るって構えた。ふうーん、大きい斧か。扱うの大変そうだね?
だけど心配したりしてあげない。……私、もうキレたからね。導火線に火が着いたの。
「うぉぉぉぉ!」
斧を持って突進してくる。距離? そんなにないけど、こんなの簡単に避けれるよ。
酒っ腹になるくらいにたるんでる中年の攻撃なんか、今の足運びで五歩先まで読めた。
だから二メートルくらいしか離れてなくても囲ってる黒服が何人いるかの確認も出来た。
数は六、後方に一人。前に中年を含めて三、左に一、右に一。
斧が中年の頭上よりも高く持ち上がったところで右に跳んで、そのまま右足を軸にしてくるっと反転。
中年の背中がまる見え。もう斧の軌道は変えられない。
振り下ろすだけになったら、その重さが落ちる場所は決まったも同然。
「はぁっ!」
大振りの斧は、威力も大きいのは、重力のおかげ。腕っ節の大きさも振り下ろされた後では意味がない。
さすがに身長差があると背中までは届かないから中年の両足を蹴った。ちょうど、膝の裏あたりを。
その衝撃で中年は斧を後ろに投げ出し、勢い止まらず大きくこけた。こけた先は急勾配の下り坂。ごろりと転がっていく。
「うぉっ………おおお?」
中年は転がり続けて私を囲んでいた奴一人を巻き添えにして速度を増して更に転がる。
ここは坂道だからああなると止めるに止めれない。ちょっとスッキリ。

「あとは!」
あのチビだけにでこピンを入れておしまい! それと、中年がこけた時に空中に高く吹っ飛んだ斧の行方は?
ああ、あった。うん、あの分だと誰にも被害はなさそう。
あのバカのほうへ弧を絵描きながら飛んでいってる。でも、あの位置なら届かない。
「どうした、かかって来ないならこっちから行ってやる!」
嘘だ、自分から火中に飛び込む虫がいるなんて。
あの子供が走ってきたーっ! バカだ、正真正銘のバカ!
これだとあの斧に直撃するよ!
「ほんっとに、バカ!」
いくらむかついたとは言っても死ぬ瞬間を目撃するのはごめんだからね!
『ドガッ!』
バカの胸板を思いっきり右足で蹴り飛ばして、私は左へ跳んだ。
「うぐっ」
ちょっと距離が足らない。もう少し、と左へ跳んだ足の右を風と刃が通り過ぎた。
「ふー、危ない危ない」
あと少しの所で私が斧に斬られるとこだった。で、あっちは。
見るとチビは黒服に支えられて立っていた。腰をぬかしたかな?
ま、こんなとこで許してあげるとしよう。これでしばらく嘘もつけないね。
「あ、おまえ……」
さて、と。一撃くらわして、気が済んだし。うん……ん? あれ、これはもしかして。
いつの間にか野次馬的な人達が、今度は私を囲っていた。
ひょっとして、一部始終を見られてた? わああぁぁっ、逃げないと!
だけど、さっきまで怖い顔をしてた人達の顔が何故か好意的なそれになってるのはなんで?
「嬢ちゃんやるねえ! おごるから一緒に飲まないか?」
この人は謎の軍団と違っていい人なんだけど……うう。口笛まで吹かれてる。
「あ、いいえ。探している人がいるので失礼します!」
うー。恥ずかしいよぉ。ここは早く立ち去ろう。頭が冷えてくるとだんだん恥ずかしくなってくよー。
ここでお母さんがいれば、あの人たちに睨みを効かせて静かにさせてくれるんだけどな。この世界にいるはずないけど。
「……おい、おまえ!」
「なに? あ、罵倒の言葉なら受け付けないよ」
こっちは早く皆と合流したいのに。言うなら早く言ってよね。
「俺はカイルーン=フロウシェパル! 覚えておけっ、お前の名は?」
これって決闘とかの何か? ……ま、いっか。腕は駄目でも威勢がいいのは嫌いじゃないし。
「清海。じゃあね」
何だろ。チビが驚いた顔してるけど。チビ以外の野次馬みたいな人も。



私はとりあえず来た道を戻ってみようとした。もしかしたら靖と美紀がまだいるかもしれないし。
「れれっ?」
お店の並んでる位置とかが違うような。まわりも薄暗いし。それにもう夕方?
時計がどこかにないかな? 時計、時計………あった。
でも遠くてよく見えないなぁ。えっと? 五時。
五時の二十分。え、待ってよ。今が二十分? 五時の?
待ち合わせの時間は五時半。カースさんとの待ち合わせ時間まで──後十分しかない!





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